電子部品 - ジャイロセンサ
概要
ジャイロセンサ(角速度センサ)とは、回転角速度の測定を実現する慣性センサの1種である。
角速度とは、ある物体の角度が単位時間当たりどれだけ変化しているか、つまり物体が回転している速度を表す物理量である。
動きを検知する慣性センサの代表として、加速度センサが知られているが、ジャイロセンサは加速度センサでは反応しない回転の動きを測定できる。
近年では、ジャイロセンサも電子機器に一般的に搭載されるようになり、スマートフォンやゲーム機器(手持ち機器のUIとして利用)、
デジタルカメラ(手ブレ補正用のブレ検知)、カーナビ(車が曲がったことを検出)等で利用されている。
また、車載グレードに対応したジャイロセンサであれば、安全走行支援として横すべり検知やエアバッグの作動用として横転検知にも使用される。
車の回転を検知することは直感的に分かりやすいが、人間の手の動きというのも関節により円運動を多く含むため、
手持ちで操作や手持ちによるブレを補正するには、ジャイロセンサで動きを検知するのが適しているというわけである。
ここでは、数多くあるジャイロセンサ種別の中から、ICタイプの振動式ジャイロセンサに焦点を当てて記載するとともに、
シリコンに微細加工を施すことで、駆動と検出に静電容量方式を利用したMEMSジャイロセンサの原理を記載する。
振動式ジャイロセンサーの種別
ジャイロセンサの角速度出力は、dps(Degree per Second : 度 / 秒)で表す。
例えば、1秒間に1回転している物体の場合、角速度は360[dps]となる。
ジャイロセンサに要求される検出範囲は用途により異なる。
例えば、モバイル機器のユーザインタフェース用途であれば、300[dps]~2000[dps]程度、手ブレ補正用途であれば150[dps]以下、
また、カーナビ等の車向け用途だとその中間の100[dps]~500[dps]程度の検出範囲に対応したジャイロセンサが使用されている。
ジャイロセンサは、回転を検知する方式により分類することができる。
現在、最も民生機器に搭載されているのは、ICタイプのMEMS(Micro Electro Mechanical System)技術を用いた振動式ジャイロセンサである。
MEMS技術を利用した慣性センサは、機械的な動きをする素子と、その信号を処理する電子回路を組み合わせた技術でセンサを構成し、動きを検知する。
振動式ジャイロセンサの中には、シリコンを使用する静電容量方式と、水晶や他の圧電材料を使うピエゾ方式がある。
ジャイロセンサの主な用途であるスマートフォンやゲーム機といった機器では3軸(以下の※備考を参照)における回転を、1つのICで検知できる製品が利用されている。
振動式ジャイロセンサ以外の種別としては、地磁気式、光学式、機械式等がある。
※備考
3軸とは、上下、左右、前後の3つの軸である。
なお、上下軸はヨー軸、左右軸はピッチ(ピッチング)軸、前後軸はロール軸と呼ばれることが多い。
静電容量式ジャイロセンサの角速度を検出する原理
振動式ジャイロセンサの動作・検出の原理と構造について、STマイクロ社で用いている静電容量方式のMEMSジャイロセンサを例に記載する。
まず、振動式ジャイロセンサは、全てコリオリの力(転向力)を利用して回転を検知する。
コリオリの力は、地球の自転によっても発生し、台風の渦巻き方向にも影響する力として有名である。
コリオリの力は壮大な印象を与えるが、シリコンを微細加工したミリ単位の構造体でも同じ力が発生する。
コリオリの力は、移動している質量に回転を加えた場合、その質量の移動方向と回転軸の両方に直交する方向に発生する力である。
これを数式で表すと以下の通りである。
- Fcor
- コリオリの力
- m
- 質量
- ωext
- 質量に加わっている角速度
- v
- 質量が移動している速度
上記の数式はベクトルを用いており、×と表記されているのは外積(ベクトル積)である。
角速度と速度の両方に直交する方向(負の符号が付いているので、外積により求められる軸の逆方向)にコリオリの力が発生する。
下図に、これらのそれぞれの作用を示す。
振動式ジャイロセンサの名前の由来は、MEMS素子を振動させることで上記式のvを発生させることから由来している。
この振動している素子に外部から回転ωが加わると、その素子にコリオリの力が加わる。
そのコリオリの力を検知することで、物体に加わった角速度を逆算できる、という仕組みになっている。
コリオリ効果により発生する力は、F=maからも見て取れるように、加速度と比例しており、その検知方法は加速度センサと似ている。
具体的には、櫛歯構造の電極を利用してコリオリの力(加速度)により発生した変位を静電容量の変化として捉えることでその大きさを検出する。
下図に、ヨー軸の回転(水平面の回転)を検知するジャイロセンサの検出素子部を示す。
素子の振動を下図の左右方向に発生させ、回転を面内に発生させると、その結果として下図の上下方向にコリオリの力が発生する。
素子の振動を発生させるには、下図で示している素子の上下に配置されている青い櫛歯状の電極に交互に電圧を印加することで静電力を発生させる。
この振動している素子に対して回転運動が加わると、コリオリの力が発生する。
下図の上下方向に発生する力を、素子の左右に配置されているオレンジ色の櫛歯電極で検知する。
このセンシング部により得られた信号を、同じパッケージに搭載された後段の信号処理用ASICで増幅・フィルタリング・同期を取り、
角速度として調整した後に出力する。
3軸ジャイロセンサーの仕組み
振動式ジャイロの構造については、上記セクションで述べた通り、コリオリ力を利用する。
1軸ジャイロセンサの構造を例にこの動作原理を記載したが、2軸、3軸へも拡張して適用することができる。
一般的に、振動型ジャイロセンサを利用する機器を考える場合、多くの場合で2軸以上を必要とする。
また、部品を実装できるスペースも限られていることから、1軸品を方向を変えて2つも3つも同じ基板上に実装するのは好ましくない。
そこで、1パッケージで2軸、もしくは3軸における回転の角速度を検知できるジャイロセンサが各メーカーにより製品化され、
現在では、スマートフォンやデジタルカメラ等の民生機器に利用されている。
下図に、STマイクロ社の3軸ジャイロセンサの構造を示し、動作と検出の原理を簡単に記載する。
STマイクロ社の3軸ジャイロセンサは、各軸を検知する電極ブロックを1つのシリコンチップ上に製造し、構造も一体化した設計となっている。
この1つの構造体で、ヨー軸、ピッチ軸、ロール軸の3軸における回転角速度を検知する。
動作原理において、上記セクションで記載した1軸品と同等で、振動している質量に回転が加わった時に発生するコリオリ力を検知する。
3軸品の場合、ヨー軸の検知は1軸品と同様、面内の振動とその振動と同じ面内で直交する方向に作用するコリオリ力により、素子の駆動と回転の検出をする。
ピッチ軸とロール軸においては、振動はヨー軸と同じ面内で印加されるが、回転軸も同じ面内で直交する方向に存在するため、コリオリの力は素子面から垂直に作用する。
この力を、構造体が上下に動き、構造体とシリコンの基板の間の静電容量が変化することで検出する。(下図の下2つを参照)
なお、上図の1軸品でも下図の3軸品でも、構造は左右対称に設計されており、回転によるコリオリの力は必ず差動で作用するようになっている。
この構造により、直線加速度のような角速度を検知する上で不要な信号を除去することができる。
※備考
詳細については、STマイクロ社のWebサイトからテクニカルノートがダウンロードできる。
MEMS素子部を振動させるための駆動回路とコリオリの力から得られた静電容量信号を、電圧に変換してデジタル化する信号処理部は、
コンパニオンチップ(ASIC)としてMEMS素子部とともにパッケージ化されている。
下図に、上記で記載した3軸MEMS素子の信号処理用ASICのブロック図を示す。
ジャイロセンサ用のASICは大別すると、駆動回路ブロック、検知回路ブロック、デジタル化ブロックの3つに分かれている。
駆動回路ブロックは、素子を消費電力の観点から効率の良い周波数(機械的構造における共振周波数)で駆動させるために、
MEMS素子からのフィードバック信号も利用しながら正確なタイミングで駆動用信号を提供する。
検知回路ブロックは、コリオリの力により発生した静電容量(電荷)の変化を捉え、
電圧値に変換することで電極間の距離変化(∝ コリオリ力 ∝ 回転角速度)に比例した出力を提供する。
アナログ信号を出力するジャイロセンサの場合、この信号がそのままセンサの出力となるが、
デジタル信号を出力するジャイロセンサの場合、センサ内部で信号をデジタル化する。
デジタル化ブロックは、アンチ・エイリアシングフィルタとA-D変換部、およびその後段のロジック部により構成されており、
デジタル化された出力信号は、16[bit]形式で出力用レジスタに格納され、外部のマイコンからI2CまたはSPIバス経由でアクセスすることができる。
ジャイロセンサ搭載機器
民生用途で使用されるジャイロセンサは、機器によって必要とされる角速度の検出範囲が非常に幅広く、それに適したジャイロセンサを選定することが重要となる。
例えば、このページの初めに記載した機器でも、角速度検出範囲が大きく異なる。(下図を参照)
スマートフォンやゲーム機のユーザインタフェースとして、ジャイロセンサーの出力を利用する場合、
大きく振るなどの動き(大きな検出範囲)と細かな動き(小さな検出範囲)の両方を捉える必要があるため、検出範囲を幅広く確保する必要がある。
ジャイロセンサには、検出範囲を切り替える機能が搭載されている場合が多く、1つのデバイスでレンジを切り替えることができる。
例えば、STマイクロ社のL3GD20Hジャイロセンサの場合、設定により、±2000[dps]、±500[dps]、±245[dps]の検出範囲を選択することができる。
カーナビ等の自律航法用にジャイロセンサの出力を利用する場合は、±100[dps]~±500[dps]程度の検出範囲を利用する。
また、デジタルカメラ(またはスマートフォンに内蔵されるOISモジュールと呼ばれる光学手ブレ補正付きカメラモジュール)にジャイロセンサの出力を利用する場合、
±150[dps]以下の検出範囲を利用する。
車載用途で使用されるジャイロセンサは、横滑り検知やロールオーバー検知といったアクティブセーフティやパッシブセーフティに関わる機器で用いられ、
ジャイロセンサの出力範囲は±100[dps]~±300[dps]程度が利用される。
この場合においても、振動型ジャイロセンサは多く利用されているが、+105[℃]や+125[℃]といった高い動作温度での特性や信頼性保証が求められたり、
車に搭載することで発生する振動による悪影響を極力削減する工夫が必要になるため、民生品をそのまま車載用途に利用することはできず、
車載に特化して設計・製造されている製品群から選択する必要がある。
ジャイロセンサの選定基準
機器によって角速度の検出範囲がある程度決まっても、数ある製品の中から最適な製品を絞り込むには十分と言えない。
次のステップとして、以下のパラメータの対応範囲、特性、もしくは有無について検討することで、さらなる選定を進めることができる。
- 電源電圧
- デバイスに供給する電圧値である。
- デジタル製品の場合、デバイスのコア部に電源を供給するVdd_Coreとデバイスのインタフェース部に電源を供給するVdd_IOの2系統ある。
- 消費電流
- 動作モードにより、消費する電流が異なる。
- 間欠動作させることが多い場合、スリープモードやパワーダウンモードでの消費電流も重要となる。
- ノーマルモードの動作はmAオーダー、スリープモードの待機電流はmAまたはuAオーダー、パワーダウンモードの待機電流はuA以下である。
- ゼロレート出力の温度依存性
- ゼロレート出力値が温度により、どの程度変動するのかを表すパラメータである。
- この数値が低いほど、温度変化に対して安定した特性を得ることができる。
- 感度の温度依存性
- 感度が温度によりどの程度変動するかを表すパラメータである。
- この数値が低いほど、温度変化に対して安定した特性を得ることができる。
- 出力データレート
- 出力がどの程度頻繁に更新されるかを表すパラメータである。
- 出力データレートが速いと消費電力が大きくなり、遅いと消費電力が小さくなる。
- 機器に応じて必要となるデータレートは異なるが、多くの製品ではこのパラメータは調整可能なので任意に設定する。
- 周波数応答
- 検出する信号の周波数帯域を示すパラメータである。
- ジャイロセンサは、入力信号のDC成分からデバイスに内蔵されているLPFの帯域までの信号を捉えることができる。
- また、多くの製品でHPFとそのカットオフ周波数も個別に調整可能なので、機器に応じて任意に設定する。
- 非線型性
- 出力を直線で近似した値と実際の出力を比較した際に発生する誤差において、検出範囲を%で表すパラメータである。
- この数値が低いほど、回転後に得られる出力の誤差が少ないことを示す。
- ノイズ密度
- 出力に重畳されるデバイス起因のノイズを示すパラメータである。
- ノイズが大きいと出力の解像度に影響を与え、微小な信号を捉えようとしてもノイズに埋もれて測定が困難になる。
- セルフテスト
- デバイスに内蔵された自己診断機能である。
- この機能により、セットにジャイロセンサを組み込んだ後でも、セットを動かすことなくジャイロが正常に動作しているかを判別することができる。